ヤマメ釣り幻想 ~ モンスター見参 ~

目印が動きを止めた。異様な気配だ。それは釣り人の勘としか言いようがない。間違いなく大物だ。狩猟本能が全身に漲る。始めて経験する言いようのない昂ぶりだ。

巻き返しを流れて行く目印の先には沈んだ流木の小枝が水面から突き出ていた。数十センチも走られたら根掛かりは必須だ。ハリスは0.8号。千載一遇のチャンスなのに絶体絶命だ。

先に右腕が反応していた。そっと竿を立てる。・・・重い・・・。根掛かりか・・・。ゆっくりと竿を立てる。じりじりと竿先が上ってくる。ここで奴を刺激してはならない。が、いきなり疾走が始まった。奴は気付いたのだ。あああ~。流心に向かっている。上、下・・・どっちへ行く。ついている。下流へと目印が移動していく。下流に広がるヒラキへと向かっているのだ。そこなら障害物はない。もう、こっちのものだ。逃れたと思ったらしい。走りが止まった。竿を立ててみる。重い。
小さくチョンチョンと竿先を上げ下げして奴を適度に刺激する。そのたびに竿先が絞り込まれる。竿を立て、全身を鞭にして矯めに矯める。果てしなく続いた気がする。

ようやく抵抗が弱まったのを見計らい流心の際を引いてくる。布っ切れを引っ掛けたみたいだ。いつまた奴が暴れるかとハラハラドキドキだ。
澄明な波間に、奴は姿をさらした。まさにモンスターだ。尺上のそれは体高も体幅も見慣れたヤマメの2倍はある。軟調の竿先では水面まで上げられそうもない。道糸を掴み、ズルズルと、足元の川原石の上まで引き摺ってくる。
とっさに小石を掴み、頭部を殴りつける。二度、三度と。奴はぐったりと川原石の上に横たわり動かなかった。

この日は雪どけ水を集め斉内川は水嵩を増し、色は笹濁り。そのせいかヤマメは警戒心が薄かった。いつもなら22~23センチ級が大物の部類なのだが、この日は25センチを超えるヤマメも食ってきた。そしてクライマックスはコマチが通る鉄橋の下でのことだった。よく肥えた尺上ヤマメ。以後、これ以上の大物には出会っていない。

2024年02月05日