スミイカ釣りを語り尽くす

スミイカのプロフィール


 スミイカはイカの中でも特異な格好をしている。周りにヒラヒラがついたジャンボコロッケみたいだ。申し訳程度に短足がついているのもご愛嬌だ。 別名コウイカとも呼ばれているが、その名の通りに背のほうに立派な甲羅が入っている。白い船形をしていて、小鳥のカルシウムの補給に鳥かごの中に入れるあれだ。体の模様がまた素晴らしい。墨絵のようでもあるし、びっしり描かれた唐草模様にも見えるし、ペルシャ絨毯の切れ端を貼り付けたようでもある。

 例年、10月ごろから乗合船が出る。初期は300gほどだが、最盛期には7~800gぐらいまでに成長する。その名が示すように、釣り上げると真っ黒な墨を大量に吐き出す。
 釣り場は内湾の砂礫地で、初期は水深30m前後を最盛期の2月、3月は50~60mを攻める。東京湾内の主なポイントは、中の瀬、大貫、竹岡、鴨居、久里浜、下浦、金谷沖などだ。
 相模湾ではこの釣りは殆ど行われていないが、イカは棲息している。ヤリイカやマルイカ釣りで、外道でたまに釣れたりする。釣れるのは、同種のシリヤケイカやヒメコウイカが多い。茅ヶ崎沖のキス場にもいるようだ。
 鴨居沖などでは、越冬マダコが混じる。通常マダコは子育てが終わると死んでしまう。しかし、数の中にはあぶれた独身のタコもいるようだ。正月用のタコとして、釣り人はこれを珍重する。
 夏場に水中眼鏡で浅瀬を覗くと、スミイカの子供が2,3尾固まって泳いでいるのを見かけることがある。親指の頭ぐらいの小さなやつだ。近づくと、稲妻模様の軌跡を描いて、すばしっこく逃げていく。
 この種のイカは、子供の時から大きな群れは作らないようだ。スミイカ釣りは群れを作る他のイカたちと違って、拾い釣りになる。
 4,5月頃に海岸縁を歩いていると、このスミイカがプカリプカリ浮いて流されていくことがる。時化後に、海藻とともに浜辺に打ち上げられていることもある。
 これを拾って食べたことがあった。さすがに刺身では食べる気がしなかったが、煮て食べたらそこそこ食べられた。これは産卵の大役を終えたイカたちだ。一年でその一生を終わる。
 卵が孵化する頃に真水が入ると、その年の湧きが悪いといわれている。夏場に雨が少ない年には期待ができる。


スミイカ釣りはボウズ覚悟で

 スミイカ釣りは数が釣れない釣りの典型だ。5尾も釣れたら大漁の部類に入る。私などは2,3尾ということが多かった。坊主も何回かあった。寒い北風に終日吹かれながら、冷え切った体に空のクーラーボックス提げて帰る日は、何とも惨めなものである。人生哲学の真髄に触れたような気にもなってくる。
 拾い釣りだから、潮先が断然有利だ。大抵潮先には常連さんが陣取ることになっている。腕もいいからその人だけが釣れることになる。
 釣況欄を見て駆けつける時は、ユメユメ竿頭の数字を見ないことだ。


シャコよりトトスッテがお好き

  スミイカ用のテンヤは、昔からの形を踏襲している。本体は細身の羽子板状をしている。根元には円錐の頂上を切り落とした形の鉛を鋳込んである。この鉛がミソで、テンヤのハリが常に海底で上向きになるように姿勢を整える働きをする。
 オモリと反対の側には、2本の大きなハリが扇型に広いた形で取り付けられている。ハリの付け根には、餌のシャコを縦に突き刺して固定する為に、先のとがった竹串の一方が結び付けられている。この竹串の結び目には多少遊びがあって、蝶番のように動いてシャコが取り付け易いようになっている。
 最近は、この専用のテンヤの30cmほど上にトトスッテを付けるのが一般的になってきた。このトトスッテは、プラスチックの地そのままのものもあれば、魚の模様をプリントした布を貼り付けたものなど様々である。
 その日の状況でアタリヅノが変わる。船内の状況や自分の釣れ具合から、種類を選択する。乗ったのがほとんどトトスッテだった日もあった。


コヅキは不要

 馴れた手つきで竿先を小刻みに上下させる姿は、いかにもベテランらしくて格好がいい。見よう見真似でやっていたら「オメーナ。タコ釣りじゃねんだからコヅクことはナカンベヨー。テンヤが底に着いていねーとよ。イカがノラネンダベよー」と怒鳴られてしまった。
 「テンヤを底に着けたまんま、7つ、8つ数えてよー。イカが乗ってるつもりでシャクるんだ」これが鴨居港の又エム丸の先代から教わった釣り方だ。
 少し慣れてくると、すぐ小細工に走りたがる。普通にやればいいのだ。釣れる時は釣れるし、釣れない時は何をしても釣れないものだ。だまって、時を待つしかない。これが釣りの奥義だ。


潮先にはかなわない

 スミイカは群れを探して釣る訳ではない。流れに乗せて、船をゆっくり移動させながらポイントを探っていく。大流しと言われる操船方法だ。確かにイカが固まっている場所もある。しかし、同場所で4,5尾も出れば上々だ。
 スミイカは結構獰猛なところがある。それほど神経質でもなさそうだ。出会い頭に見つけた餌には無条件で飛び着く。だから、一番先頭を行く潮先のテンヤが標的になる。
 他の遅れてくるテンヤはおこぼれ頂戴と言った按配だ。だから、潮上に座ったなら遠投して道筋を変え、離れたポイントを探るしかない。遠投する時は夢中になりすぎて、隣の客を釣り上げてしまわないようにすることだ。必ずアンダースローで飛ばすように心掛ける。
 オーバースローでやられると、傍に居る人はその度に身構えなければならなくなる。あの大きなハリが引っかかると、目玉の一つや二つは簡単に持っていかれてしまう。


スミが飛んだらスミマセン

 水面に顔を出したら、隣近所の誰かがタモで掬ってやるのがルールだ。しかし、入れ食いタイムは、お互い他人のことどころではなくなってしまう。水面から抜きあげたら一呼吸間を措き水を吐かせてから、そのままそっと船の中に持ち上げる。その時、船の甲板にドサット置いたりは決してしないことだ。それをすると、周りが墨だらけになること請け合いだ。
 空中で、なるたけ体から離れた位置で、右手で仕掛けを受け止める。その時、ロートのある腹側は必ず海のほうに向けるようにしなければならない。そうしなければ、自分が墨攻撃を受ける羽目になるからである。そして、左手の指を回し一気に足の付け根を締め付けるようにして持つ。
 これで敵さんも墨が吐けなくなる。ここまでしたら、後はどっち向きでも構わない。しげしげと獲物を見つめて感動に浸ってもいい。
 眺め飽きたらハリから外し、腹側が下になるようにして足元のバケツにそっと入れる。勿論バケツには海水は入れないようにする。理由は明白だ。敵も生き物だ。細心の注意を払っていても、どこかで墨攻撃を受けることがある。幸か不幸か、こんな時は大抵隣が墨を被ることになる。あとは、隣が偏屈ものでないことを祈るだけだ。


スカリは必需品

 そのうちバケツの中はネットリとした墨に覆われて、イカの姿が分からないほどになる。納竿の合図が出たらバケツの中身をスカリに開け、船縁から水中に下ろしてやる。パーッと水面に煙幕が広がる。濯いでも濯いでも、真っ黒な墨が際限なくにじみ出てくる。煙幕の色が薄れてきたら、ビニール袋に一旦入れてからクーラーボックスに仕舞い込むようにする。
 帰宅するまでの間にもまだまだ大量の墨が吐き出される。以前は港に着いた時点で、甲や墨袋を取り除いてきれいに洗い流してから帰路についたものだが、今はそんな光景も見られなくなってしまった。
 船体や衣服に着いたイカの墨は、乾いてしまうとなかなか落ちないものだ。船体に付着した場合は濡れている間に手早く海水をかけて洗い流しておく。そのまま放りっぱなしだと、必ず船頭の雷が落ちる。
 船には柄付きのブラシが何本も積んであるはずだ。船頭に言われる前にこれを使って手早く洗い流すことだ。それがスミイカ釣りのささやかなマナーだ。


タコの取り込み船べりから離して

  この時期に外道として釣れるマダコはキロ級の良型が多い。イカとは異なる重量感なので、乗った瞬間に大抵タコであることが分かる。
 タコだったら駄目押しのアワセをくれてやる。タコの身は固いので、スミイカ流のアワセではハリが通らないことがあるからだ。アワセがきかなくても抱きついただけで上がってくることもあるが、大抵水面近くで餌を放して逃げてしまう。途中でばれるのはタコの場合が多い。
 水面から抜きあげる際も要注意だ。もたもたしていると、そのうち船縁にぴったりと吸い付いて二進も三進もいかなくなる。こんな時は慌てず下にタモをあてがい、糸を緩めてやればいい。ポロットと落ちて、見事にタモに収まる。


イカの中で最高に美味いと言う人がいるが

 スミイカも刺身が一番だ。一日二日冷蔵庫の中に寝かしてから食べるほうが美味いともったいないようなことを言う人も居る。モンゴウイカのようなネットリした食感が、この人は好きらしい。要は好き好きだ。
 私は釣りたてのを、すぐに食べるほうが好きだ。シャキットした歯ざわりがいい。このイカの特徴は、多少粉っぽさが舌に残ることだ。刺身を食べて、粉っぽさとはおかしな表現だが。
 アオリイカに似ているが、甘さでは多少劣るような気がする。ただ、何となく上品で捉えどころのない味わいがある。女房に言わせれば「ヤリイカの方が美味い」のだそうだが。
 ゲソは軽く湯がいて、ワサビやしょうが醤油で食べる。ネギヌタにもいい。居酒屋風だがオデンダネにしてもいい。


テンヤに夜光塗料を塗ってみたら

 或日グリーンのウイリーをテンヤに巻きつけてやってみた。ところが、これが利いたのか、苦手にしていたスミイカ釣りで初めて竿頭になった。それからいろいろやってみて、最後にたどり着いたのがグリーンの夜光塗料だった。
 まず、白のラッカーで下地の凸凹が隠れるほど厚めに下塗りを重ねる。その上に蓄光性の蛍光グリーンを重ね塗りする。このテンヤを使うようになって、釣果が格段に向上した。これは、単なる思い込みのなせる技かもしれない。しかし、釣りでも何でも思い込みも必要だ。今ではこのテンヤが定着しているが、自惚れかも知れないが私が一番早かったと思っている。
 釣れなくなると、腕ではなく餌やスッテが気になってくる。無闇に交換してみたりする。釣りも、自信を失い、あれこれと迷い始めるともう駄目だ。チャンスが再び巡ってくるまで、嘘でもいいから確信をもって押し通すことだ。待っていれば、日に1,2回は必ずチャンスが回って来るものだ。


1尾釣れたらもう一度同じ道筋を探ってくる

 1尾釣れると、その近くでもう1尾釣れることが結構ある。船筋だと他の人に釣られてしまう確率が高いが、遠投して釣れてきた時にはすぐに入れなおすともう1尾立て続けに釣れることがある。
 スミイカは雌雄のつがいで居ることが多い。ハリにかかった相棒を追っかけて、もう1尾が水面近くまで追いかけてくるのを見た人もたくさんいる。
 私はマルイカ釣りでもそんな光景を何度か目にした。


大潮が狙い目

 湾内の潮は、潮回りの影響を強く受ける。中潮から小潮にかけては潮の流れが緩やかになり、中潮から大潮にかけては段々と潮の流れが早くなる。
 湾内の大抵の海域で、満ち潮と引き潮では潮の流れる方向が反転する。そして、潮の流れが反転する前後の小一時間ほどは潮の流れがほぼ止まる。
 魚の食いが立つのは、何故か大潮時のこの潮どまりの前後だ。早い潮が緩みトロトロと流れ出した途端に入れ食いが始まったり、止まっていた潮がトロトロと動き始めたらバタバタと釣れ出したりする。
 スミイカも同じだ。潮回り、潮時がある。

2023年01月31日